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東京高等裁判所 昭和28年(う)2891号 判決 1953年11月05日

控訴人 被告人 白井博泰

弁護人 田倉整

検察官 沢田隆義

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における未決勾留日数中三十日を本刑に算入する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人及び弁護人田倉整提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

右弁護人の控訴の趣意第一点について。

論旨は、刑法第九十七条は憲法第十八条に違反する規定であるからこれを適用して被告人に有罪の言渡をした原判決は違憲であり、破棄を免れない、と主張するものである。しかしながら憲法第十八条は「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」と規定するものであつて、犯罪に因る処罰の場合には囚人をその意に反して拘束し、苦役に服せしめることは憲法もこれを是認するところであるから、刑法がその身柄の拘束を排除し、苦役を免れようとする者に対し刑罰をもつて臨むことはむしろ当然のことといわなければならないのであり、また右苦役を前提とする身柄の拘束はもとより憲法にいわゆる奴隷的拘束には当らないのであるから、所論既決の囚人逃走の場合に関し、刑法第九十七条が憲法に違反する旨の主張は到底採用し難い。畢竟論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 関重夫)

弁護人田倉整の控訴趣意

控訴趣意第一点 刑法第九十七条は憲法違反の条文であるからこれを適用して有罪の言渡をしたのは違憲であつて破毀を免れない。

一、刑法第九十七条は「既決、未決の囚人逃走シタル」場合についてこれを犯罪とする旨を規定したものである。併し乍ら、有罪判決によつて拘禁されている者は「その意に反する苦役」に従事する者であり、かようなものが自由を求めるのはその本能的衝動であり、これに対して有罪を以て臨むが如きは近代立法の能くしえないところである。

二、右の場合は而も建物を損壊するとか或は看守を襲うとか或は集団的な暴動を起すとかいう場合と別個に考えなければならない。逃走するについて物を破壊する訳ではなく或は人の反抗を抑圧するが如き行為に出でるのではないのであるからこの様な事態が起るとすればそれはその意に反する苦役に服せられるのであるから之を防止するためには設備を以てし或は看守を厳にする方法を取るべきであつて自らの行刑施設を怠つて逃走する本人に対し刑罰を以て臨み、よつて逃亡を防止しようとするが如きは姑息な手段であり、自らの責任を棚に上げている条文である。

三、之を外国の諸立法に照すならばドイツ刑法においてはその多数結合して看守者に反抗した場合のみを罰している如く自ら逃亡する行為は之を罰せざるを通例とする。我が刑法は之をも処罰の対象に置くは、この趨勢に反したものであり近代的立法に適わしくないものである。

四、而して我が憲法第十八条は「何人もいかなる奴隷的拘束も受けない又犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と規定しているのである。即ち犯罪に因る処罰の場合には囚人はその意に反する苦役に服せしめられるものである事を前提としているものである。「奴隷的拘束を受けない」ことが何人にも憲法上の権利として附与されているのであるからこれを脱しようとする人間本来の衝動は之に対し可罰的価値を与えることは出来ないものと解すべきものである。単に刑務所内部の規律として然るべき懲戒を与えるに止めるべきである。

五、勿論この様な逃亡については或は実力を行使し或は器物を損壊するような場合であれば之に対してあくまで可罰的価値を与えるべきものである事は又暴力を否定する憲法の原理よりすれば当然の要請であろう。

六、しかるに原審はこの事を看過し刑法第九十七条を適用して遽に有罪の判決を言渡したのは違憲であり、破棄の上無罪の判決あつて然るべきものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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